東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)132号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 審決摘示に係る引用例の記載は、(ハ)構成のうち走行変速操作杆(手動変速レバーへ連動連結している押杆41)の任意の回動位置における手動切換弁44による自動制御回路の接断が扱胴の作動中に行われるとの点を除き当事者間に争いがなく、本願発明と引用例記載の発明との一致点は(3)を除き当事者間に争いがない。もつとも、原告は、引用例には扱胴を中止している道路走行時に走行変速操作杆である押杆41の任意の回動位置において自動制御回路の接断が行われるとの記載がある旨主張しているのであるから、結局一致点(3)に関する争いは、引用例に本願発明の(ハ)構成同様作業部の作動中(扱胴の作動中)においても右の自動制御回路の接断が行われる旨が記載されているか否かにあるものということができる。
三1 本願発明の特徴に関する請求の原因四1(一)は当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない甲第四号証(本願発明の昭和五七年八月九日付手続補正書)、第五号証(同公告公報)によれば、検出部より検出された脱穀負荷の変動(扱胴回数の変化)に応じ作動する自動制御回路により油圧駆動装置の斜板を操作して停止、発進、減速、加速の速度調整を行う刈取脱穀機において、脱穀負荷が低下した場合でも自動制御回路の作動により機体を発進又は加速させることなく従前の停止又は減速状態を維持するため(例えば一時的に脱穀負荷が急激に低下すると自動制御回路の作動により機体が急発進、急加速するおそれがあるからこれを防止する必要がある)、本願発明は前記(ロ)構成のように手動による走行変速操作杆と油圧駆動装置の斜板とを連設し、自動制御回路を斜板作動機構に接続し、(ハ)構成のように作業部の作動中(扱胴の作動中)(以下「脱穀作業中」という。)必要に応じ手動用の走行変速操作杆の任意の回動位置において自動制御回路を遮断することにより走行を手動操作に切換え、脱穀負荷とかかわりなく右操作杆により斜板の角度を手動操作して速度を調整し、通常の脱穀作業状態に戻れば自動制御回路を再び接続する構成としたものであること、本願発明では機体が斜板機構により油圧駆動されるため、(ハ)構成において自動制御回路を遮断した場合、機体は遮断時の速度を維持し以後右のように手動により速度調整が行われることが認められる。
2 本願発明の(ハ)構成は、自動制御回路の「接断」、即ち「接続」と「遮断」に関するが、本件においては「遮断」に関する構成が問題となり、「接続」は自動制御回路を遮断した後における同機能の復帰手段として附随するものにすぎない。
また、脱穀負荷の増大による停止、減速を回避すべく自動制御回路を遮断して発進、加速のため走行変速操作杆による手動操作に切換えることも観念的には考えられるところであるが、前掲甲第五号証、成立に争いがない甲第七号証(引用例)によれば、刈取脱穀機においては脱穀負荷が大きいときはそれに対応して機体を停止又は減速させる必要があり、脱穀負荷が増大しているにもかかわらずその負荷に対応する以上の速度で走行することは脱穀装置に目詰り等を生じさせ脱穀機能の低下を招き、ひいてはその故障にもつながりかねないことが認められるから、右のような脱穀負荷が増大しているにもかかわらず、手動操作により機体を発進、加速させる場合を想定する必要はない。
3 以上の事実によれば、本願発明の(ハ)構成の技術的意義は、自動制御回路が接続されて作動している脱穀作業中に、その走行速度を維持したまま同回路を遮断し手動操作へ切換えて脱穀負荷減少による機体の発進、加速を防止することにあるということができるから、以下においては引用例にかかる技術的思想に基づく構成が記載されているか否かについて検討する(なお、審決は本願発明の走行変速操作杆と引用例記載の発明の押杆41を対比しており、右押杆41は後記のとおり減速用の手動操作部材であるから、両発明の対比に当つては減速状態にあつて脱穀作業中の機体について脱穀負荷減少による加速を防止するため自動制御回路遮断による減速状態維持の場合のみを論ずれば足りるのであるが、便宜停止状態にあつて脱穀作業中の機体について脱穀負荷減少による発進を防止するため自動制御回路遮断による停止状態の維持の場合をも併わせ検討する。)。
四1 引用例記載の発明の目的に関する請求の原因四1(二)、同発明における走行停止及び変速の手動操作及び自動制御に関する同(三)、同発明における第2ないし第5図に示された脱穀負荷、走行速度及び作動油の流路に関する被告の主張1(一)ないし(六)は当事者間に争いがなく、この事実と前記争いのない引用例の記載内容、前掲甲第七号証によれば、
(一) 引用例は、同記載の発明が専ら前記のように脱穀作業中における脱穀負荷の変動に応じ機体の速度を自動的に調整することを目的とし、その効果として機体のオーバーロードを解消し、運転操作ミスによる故障を大幅に少なくすることができることを強調していること
(二) その構造は別紙図面(二)に示すとおり、<1>刈取脱穀機の脱穀装置2の扱胴9に設けられた検出部(遠心離透機11)の検出量に応じて作動する油圧切換弁13には一個の作動油(圧油)流入口16と三個の同流出口17、18、19の開口があり、流入口16は送油パイプ20を介してオイルタンク21へ連結されており、送油パイプ20には途中に油圧ポンプ22が介装され、また、流出口17は戻りパイプ23を介してオイルタンク21へ直接連通し、他の流出口18、19はそれぞれパイプ24、25を介して無段変速制御用シリンダー26、クラツチ制御用シリンダー27へ連結され、<2>作動油戻しパイプ23とパイプ24の間にはパイプ43が連通し、その途中に手動切換弁44が介装され、手動変速レバーの回動位置とは無関係に単独で切換え操作ができる仕組みであること、
(三) 第2ないし第4図では手動切換弁44が閉じられた状態にあり、第2図は穀稈供給量が正常に維持され、扱胴が所定の速度で回転している状態を示し、作動油は第一流路のみを流れ、機体は設定速度で走行し(被告の主張1(一))、第3図は穀稈供給量が過剰となり脱穀負荷が増大し扱胴の回転速度が低下した状態を示し、作動油は第二流路のみを流れ機体の走行速度は自動的に低下するが、穀稈供給量が減少し扱胴の回転が正常に復すれば第2図の状態に戻り、作動油は第一流路のみを流れ機体の走行速度は自動的に設定速度に復帰し(被告の主張1(二))、第4図は穀稈供給量が第3図の場合より過剰となり扱胴の回転速度も低下し機体の走行速度を低下させただけでは負荷に耐えられない状態を示し、作動油は第二流路のほか第三流路にも流れ、機体は自動的に停止するが、穀稈供給量が順次減少すれば扱胴の回転速度も増し、作動油が第二流路のみに流れる第3図、次いで作動油が第一流路のみに流れる第2図の状態に戻り、機体の走行速度は低速を経て設定速度に復帰すること(被告の主張1(三))。
(四) 機体の変速操作は、自動制御にあつては無段変速制御用シリンダー26の油圧ピストン35から押棒36によりなされ、手動操作にあつては手動変速レバーへ連動連結された押杆41から押棒36によつてなされ、また、機体の走行停止は、自動制御にあつては油圧ピストン37により押棒38を押圧してクラツチ40を切ることにより行われ、手動操作にあつては手動用押杆42により押棒38を押圧してクラツチ40を切ることにより行われること、自動制御回路が作動する接続状態であつても、変速用の押杆41、クラツチ用の押杆42の手動操作により、機体を第2図の設定速度による走行状態及び第3図の減速状態から停止し、第2図の右走行状態から減速することは可能であるが、同じく手動操作により、第4図の走行停止状態から発進し、第3図の減速状態から設定速度への加速はできないこと、以上の事実が認められる。
2 この事実によれば、穀稈供給量が多く第3図の状態にあつて機体が減速走行をしていたが、右供給量が減少し作動油の流れが第2図の状態となり、自動制御に委ねていれば設定速度に復する場合であつても、なお減速状態を維持する必要があるときは押杆41を手動操作すればよく、また、停止状態を実現しようと思えば押杆42を手動操作すればよいし、第4図の状態にあつて機体が停止していたが、脱穀供給量が減少し作動油の流れが第3図の状態となり、自動制御に委ねていれば低速発進する場合であつてもなお停止状態を維持する必要があるときは押杆42を手動操作すればよい。以上要するに引用例記載の発明では脱穀作業中で自動制御回路が作動していても手動により停止、減速の操作をすることができる。
四1 ところで、第3図及び第4図において手動切換弁44を開放位置におくと、被告の主張1(七)のとおり変速機構に通じる第二流路、クラツチ機構に通じる第三流路への作動油の流れは遮断され、作動油は第5図のように自動制御回路を形成しない流路を流れるものと認めることができる。そして、これにより走行に対する自動制御は作動せず、以後押杆41、42を手動操作することにより機体を減速し停止させることは可能である。
しかし、前掲甲第七号証によれば、第5図に関しては、「第5図は道路走行時のごとく収穫作業をしていないときの走行部伝動状態を示す図である。」(一頁一二行ないし一四行)、「43は前記した圧油の戻しパイプ23とパイプ24とを連通するパイプで、このパイプ43の途中には手動切換弁44が介装されてあり、道路走行時のごとく扱胴9を停止して走行する場合に作動油をオイルタンク21へ戻すためのものである。」(七頁三行ないし八行)、「道路走行時のごとく脱穀装置2を作動させない場合は、第5図に示すように手動切換弁44を開くことにより、圧油は流出口18よりパイプ24、43を通つてタンク21へ戻されるので、走行制御装置は作動せず、コンバインを所定の走行速度で走行させることができる」(一〇頁一九行ないし一一頁四行)との記載が認められるにとどまり、機体が右記載のように脱穀作業を停止している道路走行時ではなく、脱穀作業中に自動制御回路を遮断して作動油の流路を第5図のように形成したうえ、手動操作により機体の停止、減速を行うことを想定した直接的、具体的記載は全く見出すことができない。そして、引用例記載の発明において発進、加速を防止する必要があるのは脱穀負荷減少の結果、自動制御回路が作動し第4図から第3図の状態に移行した場合(停止状態を維持)又は第3図から第2図の状態に移行した場合(減速状態を維持)であり、その際前記のように自動制御中であつても押杆41、42を手動操作することにより加速発進を回避することが可能であつて、あえて手動切換弁44を開放し作動油の流路を第5図のように形成してから押杆41、42による手動操作をする必要はないのである。のみならず、前記のとおり本願発明においては自動制御回路を遮断しても遮断時の速度が維持されるのに、前掲甲第七号証によれば、引用例記載の発明においては、作動油の流れを第5図の状態におくと第2図同様機体が設定速度に復することが認められるから、手動切換弁44により自動制御回路を遮断し停止状態にある第4図から第5図の状態に移行すると機体は停止状態から直ちに設定速度になるべく発進し、また、減速状態にある第3図から第5図の状態に移行すると機体は減速状態から直ちに設定速度に加速されることにならざるを得ない。もとよりかかる事態は自動制御回路遮断後押杆41、42を手動操作することにより回避をすることはできるが、一時的にせよかかる事態が発生することは、脱穀負荷が増大した場合には機体を停止又は減速させることにより脱穀負荷に応じて速度を自動的に調整するという引用例記載の発明の目的に反するものというほかない。
以上のように、引用例には第5図に関しては、脱穀作業をしていない道路走行時の作動油の流路を示すものであるとの記載があるにとどまり、脱穀作業中を想定した記載は全く見出せないこと、引用例記載の発明において自動制御回路が接続されていても手動操作による停止、減速が可能であること、脱穀作業中自動制御回路を遮断し第5図のような作動油の流路を形成することは、機体を脱穀負荷に対応しない不相応な走行状態におくことになることに照らせば、引用例には脱穀作業中に自動回路を遮断して手動操作により速度調整をするという技術的思想はなく、第5図はかかる思想に裏付けられたものとして本願発明の(ハ)構成同様の技術的意義ある構成を記載したものと認めることはできない。
たしかに、被告主張のように脱穀作業中に手動切換弁44を開放して第5図のような作動油の流路を形成することは可能であるというものの、右のような技術的思想についての直接的具体的記載がなく、専ら脱穀負荷に応じた速度調整をその発明の目的として強調する引用例をみた当業者に対し、第5図を本願発明の(ハ)構成のような技術的意義をもつものとして理解すべきことを求めることは到底無理なことというほかなく、単に被告主張のように可能性のみからその技術的意義を論ずることは相当ではない。
なお、前掲甲第五号証によれば、本願の特許公報の発明の詳細な説明中に、脱穀作業中に自動回路遮断による手動操作のほか、同回路が接続されているときでも手動操作による速度調整が可能である旨の記載があることが認められる。しかし、右にいう自動制御回路接続状態にあるときの手動操作の方法については右甲第五号証によるも明らかでないだけでなく、本願は右記載により両者の方法による速度調整が可能であることを示したうえ前者のみをその発明の要旨としたものであるから、両者の方法が可能であるといつても後者のみを示し前者を全く想定していない引用例とは技術的に異なるものといわざるを得ないのである。
2 被告は、引用例記載の発明において機体の走行を停止した脱穀作業中に自動制御による減速又は停止操作が行われると変速系及び停止系の諸部品が摩耗する旨主張する。しかし、前掲甲第七号証によれば、引用例記載の発明において、機体が走行を停止し、(1)新たな穀稈の供給がなく脱穀作業のみが行われている場合には、クラツチ40が切られ扱胴及び走行変速部(可変径ベルト車33、ベルト34)が作動しているのにとどまること、(2)いわゆる手扱ぎ作業において穀稈量が多く過負荷の状態にあり作動油がシリンダー27に流れ込んだ場合にはピストン37(停止系部品)をも作動することがあり得ることが認められる。しかし、(1)の場合の脱穀作業時間はさして長くなく、また、本来刈取をしつつ脱穀をすることを目的とする刈取脱穀機において刈取りをすることなく手扱ぎ作業を行うということは予想しておらず、仮に行われるとしても極めて稀に短時間にとどまるものと推察されるから右のいずれの場合においても変速系及び停止系の諸部品の摩耗問題をことさら取り上げる必要はないものというべきである。したがつて、被告の主張は理由がない。
3 更に、被告は引用例記載の発明において、急発進又は急加速を防止するためには、手動切換弁44を開放し自動制御回路を遮断して第5図のように作動油の流路を形成する必要がある旨主張する。しかし、前記のとおり、引用例記載の発明は自動制御回路による脱穀負荷に応じた機体の速度調整を目的とするもので、自動制御回路の遮断による機体の急発進、急加速の防止という技術的思想を有しないだけでなく、同回路を遮断することなく押杆41、42を手動操作することにより発進、加速を防止し得るのであるから、この点に関する被告の主張は理由がない。
4 そうであれば、審決が引用例には脱穀作業中に自動制御回路を接断する(ハ´)構成が記載されていると認定したことは誤りであるといわざるを得ない。
五 以上の説示によれば、審決が、引用例記載の発明が(ハ´)構成を備えるものと認定し、同発明と本願発明が「作業部の作動中であつて走行変速操作杆の任意の回動位置において自動制御回路を手動切換弁により接断することができるようにした」点において一致すると判断したことは誤りであり、この誤りは結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく審決は違法なものとして取消を免れない。
六 よつて、本訴請求を正当なものとして認容する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
「(イ)走行装置上に脱穀装置を載置し、その前方に引起し装置、刈取装置を設け、刈取装置から脱穀装置へと穀稈を搬送する穀稈搬送装置を設けた刈取脱穀機において、(ロ)刈取脱穀機の適所に走行装置を駆動する油圧駆動装置を設け、刈取脱穀機の運転位置近傍に一点を中心として回動自在に軸支した走行変速操作杆と油圧駆動装置の斜板とを連設するとともに、刈取脱穀機の適宜作業部に設けた検出部の検出量に応じて作動する自動制御回路を斜板作動機構に接続し、(ハ)さらに作業部の作動中であつて走行変速操作杆の任意の回動位置において自動制御回路の接断をなしうるべく構成したことを特徴とする(ニ)刈取脱穀機用手動兼自動変速装置。」(別紙図面(一)参照)。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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別紙図面(二)
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